第9話『植物の意識から見えるパノラマ』



 ヘアウェイブ・レコード事務所のコズミック・ブルーに塗りたくられたスチール製のドアを開けると、室内はむせかえるほどの熱気で満たされていた。経年で歪み、ところどころに欠落のあるブラインドの隙間からは強い日の光が差し込み、部屋を舞う大量のほこりが見えた。テーブルの花瓶の花は腐敗し、嫌な臭いを放ち、干からびていた。腐敗して悪臭がするまで、花があったことにさえ気づきもしなかった。人にもそういう人種がいる。フローは、ポストから回収してきた請求書やチラシの類をテーブルの上に投げ出し、すべての窓を開け放った。ヨコイの帰りを待っていた訳ではないが、ヨコイはまだ帰ってきていないことが分かった。空腹を覚え、冷凍されたラザニアを解凍し、ハイネケンで流し込んだ。そのような食事が終わると、テッド・リチャードソンと録音した莫大な時間の音源を再生させながら、ビールを飲み続けた。演奏の合間ごとで、フローはテッドに対して頻繁に軽口を叩いていた。そのときは気の利いたユーモアに溺れ、悦に入っていたフローだったが、こうやって客観的な視点で聴いてみると典型的な愚か者のように聞こえた。恥ずかしさのあまり、自身を罰したい気持ちになったが、これまでの人生でもすでに罰されていることに気づき、溜飲が下がった。ソファに座ってステレオに体を向けると、ちょうどレイモンド・ペティボンの暴力的なイラストレーションが目に入った。近所の中古レコード屋から、長谷川ヨコイが盗んできたものだ。そのポスターは時間の経過とともに、日に焼けて変色していた。

気がつくと、恐ろしいスピードでビールを消費していた。机の上に散乱した空き缶を眺め、一度にこれほど大量のビールを飲めるはずがない、と思った。しばらくすると、ステレオの音量に起因し、バルコニーから近隣住民の罵声が響いた。
「その気狂いみたいな音楽を止めろ!このヘアウェイブ野郎!」
「気狂いはテメーだろ! 出家しろ、クソが!」とフローは罵声を浴びせ返し、窓を叩きつけるように閉めた。エアーコンディショナーをかけると、なぜ最初からそうしなかったのかと思い至った。
 彼は10本目のハイネケンに口をつけながら、しばしば近隣住民に投げかけられる、この「ヘアウェイブ野郎」という言葉を考えあぐねていた。そこには、左寄りの反体制に近い連中と同等のニュアンスの意味合いが込められているように感じられた。しかし、公平に見ても、ヘアウェイブ・レコードの連中にはイデオロギーなど存在しなかった。彼らは、この社会にとって何の役にも立たない偏った知識をぼんやりと弄んでいるだけで、社会に適応できないアティテュードにより孤立するケースも少なくなかったが、害のない小動物程度のものだった。このおたんちんめ、とフローは思った。この卑劣漢め、と。左だろうが右だろうが、彼にとってはハトに撒く豆のようにどうでもよかった。都合良く自身をカテゴライズしているだけの連中は、単に人と争い、相手を傷つけ、根拠も名もない山の上から人々を見下ろしたい欲求を抱えているだけのパラノイアだ。そんなものはイデオロギーと何の関係もない。どちらも、根本は同じ要素で構成されたクソの山だった。彼らは、この日本という強張ったハトのような国家が広げた翼の一部に過ぎず、その事に気づきもせず、その機能不全によって遠からず墜落するのだろう。
 そして、11本目のハイネケンのプルトップを開けながら郵便物を持て余していると、留守番電話にメッセージが吹き込まれていることに気づいた。

 その頃、長谷川ヨコイは南へ向かう列車に乗り、車窓を流れるパノラマに目をやった。ポータブル・プレイヤーからはシャッフルされた音楽が時間の経過とともに漸次的に変化していった。少ししか経っていないのに、遠くへ来たような気がする。ここでは時間が空間に変わるのだ。

 酩酊と睡眠の狭間を行き来すること数日、フローは突然炎のごとく湧き上がった衝動に身を任せ、長谷川ヨコイのコネクションで知り合ったDJパノラマに電話をかけた。愚かにも、カリフォルニア・ドーターの録音群をミックスしてもらおうと考えたのだった。
「とりあえず、78曲分ぐらいの素材があるんだけど、適当にまとめてくれない?」実際に頭に思い描いていた言葉を口にしてみると、驚くほど陳腐で馬鹿みたいに聞こえた。DJパノラマが何か気の利いたふうな口をきいた。しかし、彼が何と言っているのか全く理解できなかった。おそらく酩酊しているのだろう。そういえば、フローはこの男が素面のところを見たことがない。DJパノラマは、最近250円未満で購入したアナログレコードのトップ5(それらは傷がつき針が飛ぶようなチック・コリアの『リターン・トゥ・フォーエヴァー』、プリンスの『グラフィティ・ブリッジ』、ピーター・ガブリエルの『III』、パブリック・イメージ・リミテッドの『フラワーズ・オブ・ロマンス』、ヴァン・ダー・グラーフ・ジェネレーターの『スティル・ライフ』といったレコードだった)や、ナンパに成功した未成年の家出少女とクラブのトイレでセックスをしていると、突然ドアを蹴り破ってきた黒人に殴られ嘔吐したこと、盗んだ自転車で坂道を下っているときに自転車が空中分解したこと、近くの公園の池で捕まえたアヒルを料理して北京ダックにして食べたが、その後、原因不明の伝染病に感染したことなどを語り続けた。フローは彼の話のほとんどは虚言に過ぎないと決めつけた。それもいいだろう。本当だろうが嘘だろうが、どのみち何の意味もないし、どのみち誰も聞いてはないのだ。好きにすればいい。しかし、23分が経過すると、エゴの発露に対する空しさと死への欲求を感じたフローは唐突に電話を切った。
その後、床に転がり、ココナツサブレを食べながらビールを飲んでいると、まるで永遠という漠然とした概念に飲み込まれそうになった。私はこうやって自分と向き合うことを拒否しながら時間を食い潰している。そして、どこにもたどり着くことはできず、死にたどり着くこともできないだろう。なぜなら、これは永遠なのだから。フローはテーブルの上のメモ用紙に、「永遠」と名づけた散文を書いた。

夕暮れどきに目覚め
盛り場で一杯だけ飲みたいと思い
行きつけの店でビールを注文した。
ビールはいくら飲んでも
なくならないように感じられた。
これなら、永遠に飲み続けていられそうだった。
しかし、永遠という概念はあまりにも漠然としており、
私にめまいを催させた。
めまいの前には、羽音に例えられる音を聞いた。
でも、永遠に続くものなどないのだと思うと、
めまいは次第に遠のいていった。
すると、急速に視界がひらけ、店内が見渡せた。
薄明かりの中で談笑する人々は、
望遠鏡を逆さに覗いたかのように遠のいていった。
そして、テーブルの上のグラスは照明を反射して、
その光はゆるやかな軌道を踊った。

 こうやって言葉を弄んでいるうちに、この物語も終焉を迎えるのだろう。そのとき、1本の電話が事務所内を空虚に鳴り響いた。そうして、奇妙に配列されたドミノの最初の牌をそっと押すかのように、物語が再び動き出したのだ。それはAKからの電話だった。フローは数年前、AKとともにニュー・ウェイブなフットサル・チーム「ボアダムFC」を結成した。メンバーの増加とともにチームは順調に発展していったが、終末思想などに端を発する性格的な問題から二人はチームを追放された。その後、社会性を獲得したAKはクラブ創始者として崇拝され、伝説上の人物のように受け入れられたが、フローはいまだに帰還することができず、街をさまよっている。

「たけちさんの個展があるらしいので、明日一緒に行きませんか?」たけちとは1週間ほど前にバーベキューをしたばかりだった。個展も間近な売れっ子アーティストが、差し入れを持ってわざわざあんな田舎まで来てくれるなんて律儀なやつだな、と思う人が多数かもしれない。しかし、個展の準備を怠り、重要な決断をスタッフに丸投げして、ヘラヘラとバーベキューに来るなんてロクでもないやつだ、とフローは考えた。「それでは明日、事務所まで迎えに行きます。でわでわ」

 その頃、長谷川ヨコイは田園を走り抜けるバスに乗り、車窓を流れるパノラマに目をやった。ポータブル・プレイヤーからはシャッフルされた音楽が時間の経過とともに漸次的に変化していった。少ししか経っていないのに、遠くへ来たような気がする。ここでは時間が空間に変わるのだ。

 次の日の午後、フローはハイネケンを片手に、マンションのロビーにあるル・コルビュジエ風のソファに身をうずめた。噫気を出しながらタバコを吸ったり(ロビーは禁煙だった)、短パンに手を突っ込んで尻を掻いたりしていると受付の窓越しに初老の管理人が何か苦情を言いたそうな顔をしていた。しかし、無用なトラブルを回避するために、その嫌悪感を抑え込んでいた。しばらくすると、ロータリー部分にAKの日産フィガロが現れた。フローが車に向かって歩き出すと、思いのほか真っ直ぐと歩くことができていなかった。酔っているのだ。まず、彼はAKと窓越しに挨拶を交わした。


「フローさん。たまには練習に来たらどうですか」フローはチームの新キャプテンに就任した大塚のストイックなトレーニングに我慢できなかった。メンバーは次第に「おおつ化」していき、ボアダムFCは地域でも優勝を争う強豪チームとなった。AKはそのパスセンスと視野の広さから「湘南のハジ」と言われている。上背もないのに前線に張り付き、ポストプレーを嫌い、エゴをむき出しにして不用意にボールを要求し、運動力が少なく守備を回避するプレースタイルに終始するストライカー、その名はフロー。もはや、チームには彼の居場所などなかった。
「これ以上、その話はしたくない」とフローは言った。AKがチラリとフローを見た。その目には、憐れみでも同情でもない、中立的な諦めのような色が浮かんだ。そして、AKは舌先まで出かかった言葉を飲み込んだ。ドアを開けて車に乗り込もうとしたとき、後部座席に寄りかかるふてぶてしいナオミの姿が目に入った。ナオミは酔っていた。
「フロー、あなた除け者にされたのよ。傷ついているのね。わかるわ」と気だるそうにナオミは言った。(コイツ、悦に入ってやがる。クソめ)とフローは内心で罵声を浴びせた。
「お前に何が分かるんだ」助手席に身を滑り込ませ、息を吐くようにフローは言った。
AK、このテープをかけてよ」ナオミが差し出したNational製のカセットテープを、AKはオールド・スクールなカー・ステレオで再生させた。そして、フローは息を飲んだ。それはカズキ&ザ・ストレンジフルーツの演奏する「ワーズワース・カイパーベルトの広場」だった。

 寒川市民ホールには、原色とグラフィカルなタイポグラフィで描かれたブリキの看板が掲げられていた。「Takechi Nerve Action」と題された今回の個展は、周辺のマスメディアから、たけちのキャリアにおけるターニング・ポイントと注目されていた。会場を訪れた人々を眺め回すと、それなりに金を持っているスノッブのように見えた。つまり、人々から「考えている」と言われ、空虚な言葉を並べ立てる詐欺師ということだ。ラコステのポロシャツにチノパンをはいたAKや極彩色のワンピースに身を包んだナオミはまだしも、しまむらで買った寝巻き兼用の短パンにブラック・フラッグのTシャツを着て、ペタペタと音を立てながらビーチ・サンダルで歩きながらハイネケンを飲むフローは、ひどく場違いに見えた。

 AKが作品を眺めている間、フローとナオミはベンチに腰掛けて、ビールを飲んだ。確か館内は飲酒禁止だったと思うが。しかし、彼らの腰掛けているベンチは厳密にいえば「植物の意識」と名づけられた展示作品のひとつで、コンクリートとスチールによって構成されており、椅子という概念から別の概念に移行する過渡期の代物だった。その概念の先に何があるのかは誰にも分からないのだが。神奈川新聞大賞を受賞したこの作品は、すでに21世紀最初のスタンダードとなり、模倣と欲望の対象と見なされた。1,480万円という尋常ではない価格が設定された「植物の意識」は、すでにドイツの製薬会社の取締役に売約済みだった。
 フローにとって、この「植物の意識」という作品は、植物の意識と何の関係もないように思えた。そもそもこの椅子は、我々の生活に何の関係もない代物だし、バブル期に建設されたリゾートホテルの遺構のようだった。しかし、ここにいる連中は、この椅子が買えるような腐った金を持った連中なのだ。そう考えると、フローは嘔吐しそうになった。遠くの方で、たけちは魔術師のような髪型をして、オーダーメイドの先鋭的なスーツに身をまとい、全裸の女性の形をしたシリコン製のネクタイを締め、チャラチャラと接客しているのが見えた。
「金は人を変える」フローは吐き捨てるようにつぶやいた。「たけちはスポイルされた」客観的に見て、バーベキューの約束を反故にしようとした挙句、野良犬の群れにロケット花火を打ち込み共に戦った仲間に対していうセリフではないような気がした。
「そういう考え方は卑怯よ、フロー」ナオミは売店で買ったビールを飲みながら言った。
「ナオミは変わった」とフローは言った。
「あなたは変わらないわ、フロー。昔も今も金がなく、そのせいで卑屈になって世間に噛み付いている臆病者に過ぎないのよ」以前のナオミは、まるで生ける不遇が口をきいているようだった。パンク大学のピロティで酒を飲みながら世間に噛みつき、この世界に愛があるとかないとか、どうでも良い話題でたけちと議論を繰り広げたナオミ。お互いに35歳まで独身だったら結婚しようとしていたたけちとナオミ。だが、二人ともその約束を忘れたがっているようだった。現在、彼女は都市郊外に移り住み、夜の盛り場で出会った連中とつるんで、ナイトクラビングの日々を送っていた。
OLなんてコスプレみたいなもんだと始めてみたが、すっかりサラリーマンになったな、私。よいしょ、苦じゃない。根回し、縁故、恩、重要。でもさ、魂は売らないよ。ロックは捨てるな、パンクは続けろ」
「千秋が死んだ」ナオミは不可解な面持ちでフローを見た。「千秋が死んだ」フローは泣きながらビールを飲み干した。千秋とは誰? いかなる乙女? 若者こぞって褒め称えるとは? ナオミは1979年以来ずっと非千秋的な世界で生活を送ってきたため、千秋が何者か分からずに困惑した。
「あの、僕はあの。小さな子どもが大好きで、本当に子どもが大好きなんで。だから、もう、そういう子どもたちに本当に申し訳なくて。こんな、あの、大人で、ウワッハッハーーン!ッハアーーーー!どんな曲作っても同じや、同じや思ってえ!アッハハーン!!この世のウヒェーン!ヒェーン!ウゥウゥ。アーーアッアー!この、この世の中アッハアン!アー!世の中を!変えたい!その一心で……」泣き崩れるフローを尻目に、この他人を意に介さず自己中心的な振る舞いに終始する無職の男に嫌悪を感じた。
「ビールのお代わり持ってくる?」とナオミが尋ねると、フローは子供のようにコクコクとうなずいた。

 その頃、長谷川ヨコイは山頂へ向かうケーブル・カーに乗り、車窓を流れるパノラマに目をやった。ポータブル・プレイヤーからはシャッフルされた音楽が時間の経過とともに漸次的に変化していった。少ししか経っていないのに、遠くへ来たような気がする。ここでは時間が空間に変わるのだ。

 ナオミが紙コップに注がれたビールを両手に持ってフローの場所まで戻る途中、ナオミに気づいたたけちが遠くから手を振った。二人の間にはたくさんの人々がいて、ナオミが両手をふさがっていることが分からない。ナオミは手を振り返すことができず、ただただたけちを凝視した。「だめだよ、たけち」とナオミは思った。たけちは、ナオミに拒絶されたと感じ、打ちのめされ、ひっそりとその場を立ち去った。「そうして、いつだってあなたは、勝手に傷つくのよ」
 かつて、たけちとナオミはパンク大学のインディー・ギター・スウィング研究会で顔を合わせた。たけちは愛を信じ、ナオミは愛を否定した。いや、その逆だったかもしれない。でも、そんなのどちらでも良い。はたから見ていると、たけちの愛は感情の発露であり、ナオミの愛は至上の愛だったのだから。だから、彼らの感情は掛け違えたボタンのように破綻していたのだ。しかし、私の考える愛はとても大きく全てを包み込むものなので、彼らの言っていることはすべて正しいため、特に議論する必要もない事が分かるのだった。

 三人は、とても遠くからたけちに手を振って会場を後にした。
「フロー、あなたが自由を求めるのは勝手よ。ただ、あなたの求める自由は、誰かを不自由にさらす類のものだということを理解してね」
「前にAKSNSにアップしてた餃子の店に行こうぜ」
「いいですね」
「ダメよAK。話しをそらさないで」とナオミ。「そもそも、この男はごく最近孕ました女から卑怯にも逃げ回り、被害者面をしている加害者なのよ。千秋の死を理由に、自分を哀れんで満足している破廉恥な男なのよ」しばらくの沈黙の後、突然フローは「ブルルルー」と唇を震わせながら唾を撒き散らした。「ぎゃー、汚い。やめてー!」、「ブルルルー」、「フローさん、やめてください」車内は阿鼻叫喚と化した。この物語に頻発する特有のスラップスティックが展開されようとした。混沌は常に日常からやって来るのだ。しかし、それも長くは続かず、唐突に静寂が訪れた。
「俺の子じゃなかったんだ」フローの突然の言葉に、ナオミもAKもその意味がわからず、ぼんやりとしていた。「被害者とか加害者とか俺にはよく分からない。でも、彼女は傷つき孤独だったから、誰かとその感情を共感したかったんじゃないかな。そして俺も傷つき孤独になった。でも、それだけだ」フローは自分をより正当化するために、もう一度おどけて泣いてみようかとも考えた。しかし、それはやめた。確かに、もうこれ以上自分を騙すことはできない。
「子供の父親は誰だったの?」フローは肩をすくめた。そこまで言うつもりはなかった。
「別に誰の子でも構わなかった。産みたいなら産めばいい。だって子供は祝福されて生まれてくるべきだから。ただ、彼女は何かを守るためにいろんな人たちを犠牲にしようとした」
「だから不貞腐れて駄々をこねていたのね。あなたには自分を語る権利などないのよ」
「うるせー馬鹿」

 フローの記憶は過去の至る所に存在する。数ヵ月前、事務所に戻ると、留守番電話にメッセージが残されていた。再生させてみると、かつての友人で、もう友人ではない男から千秋の死と通夜・告別式の日時等が吹き込まれていた。フローは躊躇せずにその録音を消去し、インターネット回線を活用し、実験的なジャズ・ミュージシャンの音源を試聴したり、尾崎豊の大阪スタジアムのライブ映像を眺めたりしながら酒を飲み続けた。酩酊状況下における限りない明晰さを駆使し、さまざまなアイディアをノートに書き付けたが、黄昏が近づく午後、二日酔いに苦しみながらその文章を読み返すと、妄想に駆り立てられた男が描く妄想に駆り立てられた日記のようだった。気がつくと、SNSに繰り返し暴言を投稿していた。その投稿は、正義感に駆られた倫理の番人たちに拡散され、彼のアカウントは炎上していた。炎上後、その返信欄には、誹謗中傷、殺害予告、ヘアウェイブ・レコード事務所の住所・電話番号、ごくわずかの人間しか知らない、彼のごくプライベートなトラブルの内容が暴露されていた。つまり、彼のプライベートを知るごくわずかな人間が、彼を裏切っているのだ。ヘアウェイブ・レコードのウェブ・サイトはハッキングされ、詐欺の手口でよく見られるポルノ・サイトになっていた。ヨコイはショックを受けるかもしれない。でも、それだけだった。誰が気にする?

 1985年の夏、フローはつくばで開催された国際科学技術博覧会に行った。そこにはクリーンで煮沸消毒された未来が、高度に成長していく資本主義と手を取り合って、約束された土地のように描かれていた。先鋭的な電子音楽によるマーチの狂騒とともに、8歳のフローは熱に浮かされた。これら人類の達成を感嘆と賞賛の眼差しで眺め、祈りや希望の象徴となった未来に夢中にさせられた。あれから30年以上の月日が流れた。しかし、ジャンクで膨大な情報が氾濫するサイバー空間に依存した世界中の人々は、自説に拘泥し、暗いニュースを好み、未だに殺し合いをやめようとしない。一体何ができる?

 たけちの個展から一週間ほど経過した後、ヘアウェイブ事務所に小包が届いた。DJパノラマからだった。中には音源を焼き付けたCD-Rと謎のDVD-Rが一枚ずつ入っていた。素材は78曲だったはずだが、CD-Rのケースには13曲が記載されていた。それらのトラックは「イタチ・サウンドスケープ」と名付けられ、1から13の数字が順に振られていた。そして、まるでダニエル・ジョンストンが書いたような筆跡のメモが一枚入っていた。DJパノラマはカズキを知っていたのだ。そして、私がカズキを知っていることも知っていた。でも、それだけだった。

「カセットテープありがとうございました。なんと感動的で不思議な音楽でしょう。茫洋とした幼年期のフォーク・ミュージックのような趣をしていながら、背後に鳴る破壊的思考によるリズムトラックが絡まってこんがらがってます。実験的なサウンドスケープですね。
 これらの断片的な素材を重ね、繋ぎ合わせ、ループさせると、いくつかのトラックが完成しました。まるで、吉田カズキが再び私たちの前に戻ってきたような、あるいはむしろ、いつもここにいたかのような気がしました。あなたのおかげでこの音楽を知ることができて幸いです。
音源はイタチの生態を追ったドキュメンタリーのサウンドトラックとして使用させてもらいました。映像も同封いたします。カリフォルニア・ドーターの活動に幸多からんことを。

DJパノラマ」