第6話『ひそやかな出来事』


 
1999年7月の終わりか8月の初め頃、フローと長谷川ヨコイ、カズキ、テッド・リチャードソンの4人は、カリフォルニア・ドーターのレコーディングを行うため、高速道路を南へ向かい車を走らせていた。車内には、ホルガー・チューカイ、セバドー、リー・ペリー、タンバ・トリオ、ロバート・ワイアット、ミッション・オブ・バーマ、ディーヴォ、プライマス等を収録したオムニバスのカセット・テープが流れていた。フローがたけちから1万円で譲ってもらった中古の黄色いプジョー205が今にも爆発しそうなほどけたたましいエンジン音をしていたため、それをかき消すために爆発しそうなほどボリュームを上げた。ほとんど何も聴いていないのと一緒だった。後部座席で
テッドが何か叫んだが、何も聞こえなかった。

 途中、彼らは渋滞に巻き込まれながら、道の先の方を眺めた。途中でサービスエリアに立ち寄って食事した。彼らの目的は、これまでにストックした楽曲を録音することだった。ヨコイとテッドはそれなりに楽しそうだった。彼らは過程を楽しめるタイプだった。合宿の準備をしたり、買い出しに行ったり、弦を張り直したり、アンプやエフェクターのセッティングをしたり、ドラムのマイクの位置を調整したり、コンソールをいじったり、 ポテチやココナッツサブレをつまみに酒を飲んだり、そういう作業をすべて楽しんでいた。一方、フローは完成したテープを手に入れること以外、すべてにうんざりするタイプだった。カズキはどうだろう。渋滞に巻き込まれながら、カズキは道の先の方を眺めた。彼は、日差しで焼けつく街の風景をサングラス越しに眺めていた。馬鹿げた話だが、彼の考えていることを推し量ることはできない。

 到着すると、ヨコイとカズキは早速ベースとドラムの録音をはじめた。その間、テッドはプジョーに乗って夕食の食料を買いに出かけた。フローはソファに身を横たえ、クロード・ドビュッシーの伝記を読みながらビールを飲み始めた。音の消えたテレビの画面には、デレク・ジャーマンの『ラスト・オブ・イングランド』が流れていた。そんな映画がテレビで放送されるはずがないと思うので、ヨコイのビデオテープかもしれない。野外では、時折通り過ぎる車の音、鳥の声、風と風が揺らしている野外、錆びついた風力計が軋む音が聞えた。
 彼は、経済状況の悪化したドビュッシーが破滅と死に向かいつつあることを自分に重ねながら、過去について考えた。不可避の死が訪れる未来について想像することは難しかった。一方、過去を回想するのは容易いことだった。全ては失われているのだから。損なわれたもの、去って行った人々が墓標のように頭をよぎった。それらは、認知の歪みと飽くなき自己正当化によって捏造されたものになりつつあった。フローはそれを否定しつつ、祈りながら眠りについた。

 気がつくと、あたりは急速に闇に包まれつつあった。かすかに、何か焼ける臭いがしているような気がした。眠りに落ちていたのだ。ちょうどその時、カーテンのかかっていない窓が車のヘッドライトに照らされ、タイヤが砂利を弾き飛ばす音が聞こえた。テッドが帰ってきたようだった。フローは立ち上がり、台所に行って冷たい水を飲んだ。何かが焼けるような臭いは、まだ続いていた。と、その時、テッドが何か叫ぶ声が聞えた。
 向かうと、スタジオの入り口付近にあった木彫りのフクロウが燃え上がっていた。スタジオの防音扉の向こうで、カズキとヨコイがセックスをしているのが見えた。二人は燃えるフクロウに気づいていないようだった。彼らを助け出すには、質量があり頑強な扉を開かなくてはならない。しかし、炎が噴き出すフクロウに遮られているため、フローとテッドはそこに向かうことができない。
 フローとテッドは、二人に向かって大声で叫んだ。最初、それは「逃げろ!」とか「おーい!」とか「ハリアップ!」とかある種の言葉であった。しかし、二人は、防音のスタジオの中、我々に気付くこともなくセックスを続けた。次第に言葉は言葉としての体裁を保たなくなってきた。私たちは「うが―!」とか「あがー!」とか「ばもー!」とか「ゴー!」といった、いかに大きな声を出すためにどのような母音・子音の組み合わせが効果的か、喉を閉めたり、腹に力を入れたり、どのような体勢が有効かを飽くなき探求心で追い求め、実験的に叫び続けた。そして、時間の経過とともに、炎と煙の量は増加していく。フローとテッドは肩を組み、低い体勢で叫び続ける。それでも二人は、その叫びに気付くことはなかった。